読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

泣こよっかひっ跳べ

理系女子大生が日々のよしなしごとをつづるブログです。

組織論2

煩悩(深め)

 

「組織論1」に1年後の自分として答えを書こうと思います。

 

 

=======================================

 

 「組織論1」を書いた1年前の私へ

 

 

 そもそも、君が悩んでいるのは組織論というより

 「自分が組織の中でどうあるべきか」

 なんだよね。

 

 ぱっと見、大きな成果もあげられず「ただ居るだけ」の存在である君は

 さぞ居心地が悪いことだろうと思う。

 

 何か共通の目標に向かって物事に取り組む団体を組織と名付けるなら、

 目標に対する成果があげられないことは組織にとっての損失であるし、

 成果があげられない君は足手まといということになる。

 

 

 

 しかし、一年たって私が思うのは

 「組織とはあくまで任意協力のもとに成り立つべき」

 ということなんだ。

 

 一人でできることなら複数人が関わる必要はない。

 しかし、組織的に取り組む事柄は100%一人ではできないことである。

 すなわち、組織に属する人間は誰しも

 「やりたいことがあるけれどリソースが足りない」

 という状況を抱えている。

 

 「やりたいことがあるけれどリソースが足りない」人々が集まって、

 情報や技術・知識・経験といった目に見えないものを持ち寄り、

 材料やお金、場所を分け合って共通の「やりたいこと」に取り組む。

 こうしてみると組織って、「足りなくて困っている人たち」の集まりなのだ。

 

 組織の根幹には「やりたいこと」がある。

 メンバーはそれぞれ「やりたいこと」が一人ではできないから、組織に所属する。

 しかしながら、「やりたいこと」に対する熱意は人それぞれで、

 「組織に対して寄与できるもの」も人それぞれ。

 責任感は「やりたいこと」への熱意から生じ、

 仕事量は各個人の手持ちのリソースの量に依存するんだから、

 メンバー全員が同じだけの責任を負って、同じ量の仕事をこなすことは

 原理上あり得ない。

 

 すなわち、メンバーそれぞれが

 一人ではできないやりたいことを達成するために、

 自分が何をどこまで寄与するか(寄与できるか)

 という任意協力のもとに成り立っているのが組織であるといえる。

 

 各個人はもともとリソースが足りなくて困っていたんだから、

 どんなに微量でも足りない成分を補えれば個人ベースでは明らかに得。

 だから力の寄与の大きさを競う必要はない。

 自分のできることで、寄与できることを積み上げればいい。

 

 自分の無力さを嘆いても、組織から抜けても何も生まれないけれど

 自分が提供できるもので組織に足りていないものをほんの少しでも差し出すだけで、

 リソースが足りなくて困っていたメンバーの、ひいては組織の役に立つわけだ。

 

 うじうじ悩んで時間をつぶすより、

 手持ちのリソースで組織に寄与できることは何かを考える方が生産的だと思うよ。

 

 一年後の私より

=======================================

 

やりたいことがあるならやればいい。

一人でできないなら同じようにそれをやりたいと思っている人と

リソースを分け合えばいい。

 

一年間いろいろ考えたけれど、結局はそこに行きつくと思うんです。

とりあえず、20歳の答えとして記しておきたいと思います。